『甘い誘惑』



「おい炎山〜、まだ終わんないの〜?」
「…」
「ねーねー、炎山てばー!」
「…勝手に入ってきて何言ってる。」


カタカタカタ。

振り向かずに答える。
ディスプレイから目を離さず、キーボードを打つ手を止める気配すらない。


「なー、早く終わらせて一緒にコレ食おうぜー」
「…人の話を聞いてるのか」


溜め息が混じる。

副社長室の黒革のソファに熱斗が滑り込んできたのは、
つい10分ほど前のことだった。
IPCの秘書たちも熱斗のことは見知っており、ネットセイバーであり
数少ない副社長の同年代の友人であることもわきまえているので、
こんな日まで仕事に追われている自分のことを気遣って、
この小さい来客を副社長室まで招き入れたに違いなかった。

「でも、せっかくママに手伝ってもらって、俺がケーキ焼いて来たんだからさぁ。
付き合いってモンがあるだろー。」

・・・勝手に入って来て、何が付き合いか。

そもそも「俺が作った」というそのケーキ、9割方は母親が作ったもので、
手伝ったのはお前の方だろうが。

そうしてる間にも、

「季節のフルーツを求めて(主にマンゴー)八百屋を3軒ハシゴした」

とか、

「ここの生クリームの装飾がいかに大変だったか」

とか、自分の苦労話を切々と訴えている。



「聞いてんのかよ、炎山!俺がこんなに苦労してケーキ焼いて来てやったのに!」

その延々続く話にもほぼ耳を傾けない態度をとっていたせいで、
とうとう苛立ちを含んだ声が上がる。


「もういい!俺一人で食ってやる〜!!」

そう言うと熱斗は大きなケーキを一人でばくばく食べ始めた。

「・・・!」
「んめーvv」

その姿に唖然とする。
一緒に食おうというより、単に俺の誕生日にかこつけて、 ケーキが食べたかっただけ
なんじゃないのかコイツは?
今の熱斗はまるで、お預けを解かれた犬のようだ。
きっとしっぽがついてたら、ちぎれんばかりに振っていることだろう。
口の周りに生クリームがたくさんついているのもお構いなしで
ケーキを貪っている。



…限界だ。



「…わかった。ちょっと待て。」
「?」
「だいたいお前、そのケーキは俺のために焼いてきたんじゃなかったのか?
一人で全部食う気なのか?」

「…そ、そんなことないよ!」

といいつつも、ケーキは最早原形をとどめていない。

「ほら、炎山、あ〜ん」
生クリームの一角を掬ったフォークを目の前に寄越す。
その腕を無言のまま掴むと、フォークに掬われたクリームではなく、
熱斗の口許に付いたクリームをぺろりと舐めた。

「〜〜〜〜〜!?」
「ああ、確かに美味くできたな。」
あまりの驚きに、真っ赤になって金魚のように口をぱくぱくさせている
熱斗にお構いなしに続ける。


「…ありがとう。」
「炎山…。」

予期せず素直に言われた感謝の言葉に、熱斗は一瞬、豆鉄砲をくらった鳩のような
顔をしたが、ほどなく嬉しそうにはにかんだ。

「お誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとうな、炎山!」

「…それにしても、ほんの少しの間に俺へプレゼントのはずのケーキを、
よくここまで食い散らかしてくれたな。」
「すっげー美味くて止まんなくなっちゃってさ。…はは…。…ゴメン。」
「まあいいさ。気持ちは、ありがたく受け取っておく。」
「さすが炎山、話が分かる!お前いいヤツだな〜!」


「つまりは俺のケーキはお前の中にあるわけだよな?」

炎山が意味ありげに口角を上げる。

「え…?」
「じゃあ、お前ごと美味しく戴くことにする。」
「!?…ちょ…!待てって!」
「待てない。」

指でクリームを掬い、熱斗の頬に塗り付けると
これ見よがしに舐めとる。

「甘いものは得意じゃないが、お前の中なら話は別だ。
存分に味わせて貰う。」

むしろお前の方を喰いたいとばかりにソファに縫い付けられ、
じたばたもがいている熱斗は、まるでクモの巣にかかった蝶のようだ。
逃れられないと解っていても、必死に抗っている。

そんな熱斗にイジワルを言ってみる。
少し演技して、淋しそうな顔をして。

「じゃあ俺の誕生日は祝ってくれないのか?」
「そんなことない!」

熱斗は即答する。
想像通りの反応が返ってきて、炎山は内心ほくそえむ。
ムキになって否定するところが可愛くて、それ見たさに
こんなことを言っていると知れたら熱斗にはまた呆れられるだろうか。

「じゃあケーキの代わりに、今一番欲しいものをプレゼントしてくれ」
「え…?何が欲しいの?」
「光熱斗。」

がくり。
「お前の頭ン中はそれしかないのかよ!」
「ああ、ないな」
飄々と答える。

「1年365日、四六時中、寝ても覚めても俺の頭の中はお前でいっぱいだ。
俺だってなるべく気にとめないよう努めていたのに…」
「炎山…?」
「勝手に入ってきて、俺に火を点けたお前が悪い。」

しかも無自覚だから余計に手に負えない。

クリームの付いたぷっくりした唇。
そこからたまにのぞくピンクの舌。
フォークを名残惜しそうにねっとりと舐める姿を見せ付けられて、
平常心で居ろというのは何かの拷問か?

―それは、お前だから。
  誰よりも愛しい、お前だから。

「『火を点けた あなたの責任 最後まで』だ。」
「そういやそんな防災標語があったっけ…って意味が違うだろ!」
「構わん」
「俺は構うの!」

こんな冗談を交えられるようになったのだって、お前のおかげなんだ。

「俺のことが好きか?」
「はぁ?!」
押し問答になりつつあった会話の中で、炎山が唐突な質問をする。

「…嫌いか?」
「そんなことない!」
「じゃあ、好きか?」
「……うん」
耳まで紅くして、こくりと子どものように頷く熱斗の髪を優しく撫でる。

「俺も好きだ。」
「お前に出会うまで、自分の中にこんな感情が残っているとは思わなかった。」


大人の中で上手く世の中を渡るために、本音を隠して、心を閉ざしてきた。
そんな凍りついていた心のドアを、お前はあっけなく開いてしまったんだ。

「炎山…」


そのまま顔を近付ける。


あと10センチ。

あと5センチ。

あと1センチ。


先に瞳を閉じたのは熱斗だった。
それをOKのサインととって、炎山はついばむようなキスをする。
そして、だんだん長く、角度を変えて深く、黒革のソファに沈める。
熱斗の瞳は潤み、もう抗う様子もない。


その日、炎山はケーキよりも甘いモノを手に入れたのだった。






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はい、絆された熱斗きゅんの負け〜。
熱斗きゅんと誕生日が同じとーまですが何か。(聞いてないよ)

炎山様誕生日ネタ。そもそも炎山の誕生日っていつなんだ?
プレゼントのケーキを食べてしまったばっかりに、それを理由にされて
自分が喰われてしまう熱斗きゅん。
なんてアホの子!可愛い!(褒めてます)

続きは、気が向いたらアプするかもしれません。(笑)
多分というか間違いなくR-18なので、そのときには裏ページができてるやも。

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