水の流れはゆっくりと、
そして確実に時間を刻んでゆく―



『Can you keep a secret?』




その透明な水の流れを、ぼんやり眺めていた。
目の前には段になった立方体の箱が四つ。
その四つはサイフォン式の管でつながれていて、
水は上から順に絶え間なく流れて、一番下の容器に溜まっていく。

「―何をしている?」

振り返ると、怪訝そうな顔でこちらを見ている愛しい人が視界に入った。
「あ、ブルース…」
「何なんだコレは?」
愛しいその人は、僕よりも僕の目の前の装置が気になるらしい。

「漏刻」
「ロウコク?」
「そ。日本で昔使われてた水時計だよ」
「そうか…。…で、何故こんなものがここにある?」

目の前にあるものが何なのかよりも、
僕が何故こんなものを見ているかの方が彼にとっては謎らしい。

…確かにそうだよね。

「今日、6月10日は何の日か知ってる?」
「『時の記念日』だろう。」
「そう。その時の記念日は671年に桓武天皇がこの漏刻を使ったことで、
明治時代に制定されたんだ。」
「…ほぅ。」
ブルースは僕の作った水時計をしげしげと眺めている。


「あとね、6月10日は誕生日なんだ。熱斗くんの…」









…そして、僕の。








人間として、熱斗の双子の兄『彩斗』として生まれた頃の−。





因果なものだ。
僕たちが生まれたのは「時の記念日」。
そして程なく、これから刻まれていくべき僕の時間は
短いまま永久に止まってしまったのだから。

僕は『彩斗』のDNAデータを元にしてパパさんに造られたらしい。
ナビである自分に、人間として生きていた頃の記憶があるはずもなかった。




なのに…



どうしてこうも胸の中がざわめくのか。
0と1で形作られたデータに感情が芽生えたのはいつのことだったか。



「ねぇ、ブルース…」
「…なんだ?」
ロックは俯きがちにぽつりぽつりと話し始めた。




「…君は、人間になりたいと思ったことがある?」




黒いバイザーで覆われている彼の視線を直接窺うことはできなかったが、
唐突な質問に驚いていることは明らかだった。

「例えば、君の大事な炎山とだってペット越しじゃなくてさ、
直接向き合えるんだよ…?そんな風に変わってみたいと思ったことはない?」
「…ナビの実体化ということか?」
「…違うよ。人間として生きるってこと。」
「馬鹿馬鹿しい。それにクロスフュージョンで一体化しているんだから、
現実世界に「僕は…あるよ。」」

ブルースの言葉を遮るように、ロックは続ける。

「…もう一度、熱斗くんと同じ現実世界に立ちたいと思うことが。」

「…もう一度…?どういうことだ?」
その問いにロックは俯くと、そのまま押し黙ってしまった。



長い沈黙の後。

「…だれにも言わないで」
ロックが発した言葉に、ブルースは耳を疑った。








「…僕、もともとは人間だったんだ。」






熱斗の双子の兄、彩斗として生まれたが、
幼くして病気でその命を失ったこと。
父・祐一朗がそのDNAデータを元にロックマンとしての自分を作り上げたこと。


現在ネットナビとして在る自分の存在意義が揺らぐような事実だった。





 ド ウ シ テ  ボ ク ハ  コ コ ニ  イ ル ノ ?






その事実を知った時から自分を見失いそうだった。

 僕は「ロックマン」なの?
 それとも「彩斗」の身代わりでしかないの?



 誰かに話してしまいたい。
 でも、誰にも言えない。


人間には戻れず、オペレーターに忠実であるだけのネットナビにもなりきれない
自分との葛藤。
なんで今までずっと心に秘めていたことをブルースに打ち明けたのか、
自分でもよくわからなかった。

にわかに信じがたい事実に驚いた様子だったが、
ロックが話している間、ブルースはただ静かに聞いていた。
いつもの調子で、馬鹿馬鹿しいと一蹴されるだろうか?
それでも話さずにはいられなかった。







目の前の装置のデータを一瞬にして消され、急に視界が真っ暗になった。




気付くとブルースに抱き締められていた。

「ちょ…ブルース…?!」



相変わらず無言のまま、抱き締めた腕の力がさらに強くなる。









「お前はロックマンだ。」






もともと無口な彼から紡がれた言葉は、
静かだが凛と強かった。


「たとえその身体が光彩斗の遺伝子データを元にしたものであったとしても、
お前は光彩斗の身代わりではない。お前はロックマンだ。」
「・・・・・・」


ブルースの腕に力がこもるのがわかった。



「…俺がそばにいる。」



―どこにも行くな。ここにいろ。

呟くように投げ掛けられた言葉。


これ以上戻れない過去に縛られるな。
そんな過去なら俺が断ち切ってやるから・・・。


「・・・!」

唇を塞がれた。
繋がったところから、いつも不器用な彼の優しさが流れ込んでくる。




「お前の居場所は此処だ。」






そういって示されたのは、ブルースの腕の中。


涙が溢れた。

ナビにこんな感情はプログラムされていないはずだった。
しかしパルスが乱れて、コントロールが効かない。
次々に零れ落ちる涙を止めることもできず、ただただブルースの腕の中で
思い切り泣いた。







「・・・ありがとう、ブルース・・・」





ロックマンというIDを証明してくれた君。

今までずっと止まっていた僕の時間が、動き出す・・・。




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初SSです。(キャー)
タイトルはヒッキーの大好きなあの曲から。
自分の過去を知ってしまったロックの葛藤と、秘密を打ち明けたロックを受け止める
ブルたんという、切ないブルロクが書きたかったんです。
が。
うわー;ナンダコレ!ブルースも別人28号だよ!ハズカチィ!
しかもこれ、2005年の光兄弟誕生日にUPしようとしたものの、終わらなくて断念したっていう・・・。
っていうか、2006年にも間に合ってないよ!(ダメ人間)
そもそも誕生日ネタでこんな暗い話ってどうよ?という根本的な問題も抱えつつ。
・・・もっと精進します;;

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